「国破れて山河あり」に込められた意味は?引用された詩の作者は誰?

国破れて山河ありの意味とは ビジネス用語

「国破れて山河あり」とは、「変化する人の世」と「変わらない自然」を比べた気持ちを表す言葉です。

古文の授業やネットなどでたびたび目にしますが、どんな意味なのか、イマイチわからなかった人も多いのではないでしょうか。

今回は、そんな「国破れて山河あり」の詳しい意味や、言葉の由来、さらには会話での使い方まで、例文を踏まえてわかりやすく解説していきます。

最後まで読めば、何を意味する言葉なのか、はっきりと理解できるはずです。

1.「国破れて山河あり」の意味とは?

国破れて山河あり

読み:くにやぶれてさんがあり

国は戦乱で滅びてしまったが、山や川は元の自然のまま変わらず存在している。

「国破れて山河あり」とは、「変化する人の世」と「変わらない自然」とを比べ、今の自分の心境を表す言葉です。

自然の偉大さに感動する言葉と捉える人も多いですが、それよりも、時の流れを肌に感じたことで、今の自分の状況を嘆くニュアンスのほうがが大きいです。

1-1.作者は中国の詩人「杜甫(とほ)」

「国破れて山河あり」は、中国の詩人、杜甫の記した「春望」という詩の冒頭の一文です。

杜甫は中国の唐の詩人です。

中国にはもう一人、中国文学史上最高の詩人として李白(りはく)という人がいます。

この人は「詩仙(しせん)」と呼ばれていることから、これに対し杜甫は「詩聖(しせい)」と呼ばれています。

杜甫は、詩の題材に社会情勢や政治の矛盾などを積極的に盛り込みました。

そのことから、後の世ではその作風が「詩史(しし)」と呼ばれています。

「詩史」とは、史実や伝記を詩の形で記すことをいいます。

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  • 1-2.「国破れて山河あり」の全文

    「国破れて山河あり」から始まる、「春望」の全文をご紹介します。

    原文は漢文ですが、分かりやすく書き下し文(漢字とひらがなを混ぜた文)と共に見ていきましょう。

    国破山河在:国破れて山河あり
    城春草木深:城春にして草木深し
    感時花濺涙:時に感じては花にも涙を濺ぎ
    恨別鳥驚心:別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
    烽火連三月:峰火三月の連なり
    家書抵万金:家書万金に抵る
    白頭掻更短:白頭掻けばさらに短く
    渾欲不勝簪:渾べて簪に勝へざらんと欲す

    杜甫が46歳の時のことです。

    当時唐を治めていた玄宗(げんそう)は、優れた皇帝でしたが、世界三大美女として知られる楊貴妃(ようきひ)に夢中になりました。

    二人は深く愛し合いましたが、政治をほったらかして長安から離れた温泉に入り浸り、楊貴妃の一族が唐の政治を思うがままにするようになってしまい、それを快く思わない家臣の間で争いが起こります。

    家臣の一人である安禄山(あん・ろくざん)が反乱を起こし、玄宗と楊貴妃は逃亡、長安の都は反乱軍に占領されてしまいました。

    これが後の世にいわれる、「安史の乱(あんしのらん)」です。

    (この時の玄宗と楊貴妃の逃避行は、後に「長恨歌(ちょうごんか)」という漢詩に歌われ、平安時代に日本に伝わり大ブームとなりました)

    杜甫は新たに立った皇帝の元に急いで駆けつけようとして、占領された長安を脱出しようとします。

    しかし反乱軍に捕まり、家族と引き離されて約二年も長安に閉じ込められ、監視されることになってしまったのです。

    「春望」はこの時の不安や焦り、家族への思いといった心境を表した詩とされています。

    2.松尾芭蕉が詠んだ「国破れて山河あり」の解釈は?

    「奥の細道」の作者である松尾芭蕉は、平泉を訪れた時に、杜甫の「春望」を思い出し、句を詠んでいます

    <原文>

    国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。

    <現代語訳>

    杜甫は、「春望」で「国破れて山河あり」と詩を詠んでいる。「国が滅びてしまっても、山や河は昔と変わらずそのままだ。荒廃した城にも変わらず春は巡ってくるが、ここには草木がただ生い茂っているだけだなあ」。私は笠を置いて腰をおろし、その詩を思い出しながら、いつまでも栄華盛衰の移ろいを思って涙した。

    この話は「平泉(ひらいずみ)の段」です。

    「奥の細道」で、芭蕉は見たままの風景を表現するために杜甫が詠んだ「青草深し」を「青草みたり」としました。

    杜甫の表現した「青草深し」は、杜甫が見た風景であるとともに、人間の世とは関係なく営みを続ける自然に、人間の身勝手さをも嘆く気持ちが込められています。

    ちなみに、芭蕉は平泉で、有名な「夏草や兵どもが夢の跡」という句も詠んでいます。

    かつてこの地は、藤原一族が治め栄華を誇っていました。

    源平合戦の後、源義経(みなもとのよしつね)が再起を誓い、落ち延びたこの地では、多くの兵士が戦い命を落としていきました。

    しかし芭蕉がこの地を訪れた時には、平泉は草が生い茂る静かな場所へと様変わりしていました。

    芭蕉は「人の行いや思いは時と共に消えてしまう。だが自然はそれに関係なく営みを繰り返し残り続けていくのだ」としみじみ思い、この句を詠んだと言われています。

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  • 3.「国破れて山河あり」の使い方

    「国破れて山河あり」はどんな時に使われる言葉なのか、例文と合わせて解説します。

    3-1.「国破れて山河あり」はネガティブな感情を表す

    「国破れて山河あり」は 昔と今を比べ、今の自分を嘆くなどネガティブな感情を表現する時に使われます。

    唐が滅びゆく姿になぞらえ、どんなことにもいつか終わりが来るという悲しみ、また夢や希望を持って頑張ってきたのに、それが叶わなかった時などの心を表す時の言葉です。

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  • 3-2.「国破れて山河あり」を使った例文

    <例文>

    • 今までがむしゃらに仕事をしてきましたが、中途退社せざるを得ない今は、国破れて山河ありという心境です。
    • 戦争に行った人が、日本に帰って思ったのは国破れて山河ありという思いだった。人間のすることの愚かさに対する悲しみだけだけが残ったそうだ。
    • 国破れて山河あり」は中国の都の話が題材だが、平家物語にも通じるものがあるように思う。

    変化し続ける人の世の中と自然の変わらない営みを比べることで、より 今の悲しい気持ちを強調する時にふさわしい言葉が「国破れて山河あり」なのです。

    4.「国破れて山河あり」の間違った使い方に注意

    「国破れて山河あり」を、 「国は滅びても自然は変わらず営みを続けるのだからあきらめるな」という励ましの意味で使う人もいます。

    「春望」では、苦労の末にようやく高官に仕える仕事に就けた杜甫が、戦でその地位を失い、家族とも引き離され、不安を抱えていた時の心情を語った詩です。

    そのため本来は「夢も希望もなくただただ不安だ」という心を示すものなので、使う時には注意しましょう。

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  • 5.「国破れて山河あり」と似た意味を持つ言葉

    「国破れて山河あり」には、同じ意味を持つ言葉がいくつもあります。

    代表的なものは、以下の3つです。

    • 栄枯盛衰
    • 諸行無常
    • 盛者必衰

    それぞれ、詳しい意味と使い方を確認していきましょう。

    5-1.「栄枯盛衰」

    栄えることと衰えること。人や家、国家は栄えたり衰えたりを繰り返すもので、確かなものではないということ。

    草木が枯れたり生い茂ることを示す「栄枯」と「盛衰」を並べて、 国や人生は栄華を誇る時もあるが、むなしく滅ぶこともあるという有様を言い表しています。

    「国破れて山河あり」とよく似ていますが、人の世も自然も同じように変わっていく、という悟りに近い気持ちを表現した言葉です。

    <例文>

    • あんなに行列ができる店だったのに、栄枯盛衰とはこのことをいうのかもしれない。
    • 今は勢いのある会社だが、栄枯盛衰は世の習い、先は分からない。
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  • 5-2.「諸行無常」

    仏教の三法印(仏教の理念)の一つで、世の中の一切のものは常に変化してとどまることはなく、永久不変なものはないということ。

    「平家物語」でも有名な一文ですが、仏教の教えであり、 全ての物事はいつまでも同じであり続けることはないということを教えている言葉です。

    「国破れて山河あり」では国が滅んだことを悲しむ気持ちが込められていますが、「諸行無常」では元々そうなのだから悲しむことはない、という教えが込められています。

    <例文>

    • 苦しい時はいつまでも続きません、諸行無常という言葉の通りです。
    • 人生は諸行無常、今この時を大切に生きましょう。

    5-3.「盛者必衰」

    この世は無常であり、勢いの盛んな者もついには衰え滅びるということ。仏教の人生観で、この世は無常であるということを示した言葉。

    「盛者必衰」とは仏教の人生観を言い表した言葉で、 どんなに盛んであっても、必ず衰える時が来る、世は無常である、という意味です。

    こちらも「平家物語」の冒頭に出てくる有名な言葉です。

    「諸行無常」とよく似ていますが、「この世の中は無常で、永遠はない」という考えから、「今は強くて栄えていてもいつかは衰えてしまう」と冷静に判断する意味で使われます。

    「国破れて山河あり」とはまた違った意味で、人の世の移り変わりを嘆く言葉です。

    <例文>

    • 今はトップかもしれないが盛者必衰というし、また入れ替わるよ。
    • あんなに人が行き来していた商店街だったが、盛者必衰だな、寂しいものだ。

    6.「国破れて山河あり」の英語表現

    「国破れて山河あり」を英語に訳した場合、 言葉の意味をそのまま訳したものが多く知られています。

    • The country is in ruins,and there are still mountains and rivers.(国は没落しても、山と川は変わらずあり続ける)
    • Empire broken mountain river remain.(国は壊れても山と川は残る)

    「奥の細道」を英訳した、日本文学者のドナルド・キーン氏は、「国破れて山河あり」を以下のように訳しています。

    「Countries may fall,but their rivers and mountains remain.」

    remainには「生き残る、取り残される」という意味があり、他の英訳が直訳であることに比べ、より心情を加味した訳となっています。

    まとめ

    「国破れて山河あり」は、中国の杜甫の詩「春望」の一節です。

    日本でも多くの人がその詩を読み、松尾芭蕉の「奥の細道」にも引用されました。

    「国が滅びてしまっても、山や川は変わらず営みを続けている」ことと「過去の栄光を失ってしまった今の自分」を重ね合わせ、今自分が置かれた現状を嘆く意味が込められています。

    過去を振り返り、不安や悲しみにくれる心情を表現する言葉なので、使う場合には注意が必要です。

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