「慚愧(ざんき)」とは?「慚愧の念」「慚愧に堪えない」の意味も解説

慚愧の意味とは ビジネス用語

慚愧(ざんき)の意味は「恥じること」です。

あまり日常では使いませんが、テレビでの謝罪会見などで使われますね。

今回は、「慚愧」「慚愧の念」「慚愧に堪えない」の意味や由来、類語や対語、使い方までを解説します。

ぜひ、正確な意味や由来をマスターして、会話の表現の幅を広げてみてくださいね。

1.「慚愧」の意味

慚愧

読み:ざんき

ただ恥じること

1-1.意味は「恥じること」

慚愧とは「恥じること」という意味です。

古い読み方で「ざんぎ」と読むことがありましたが、現在は「ざんき」と読みます。

もとは仏教語で、慚(ざん)と愧(き)とは別の意味があります。

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  • 1-2.元々は仏教語で「慚」と「愧」で意味が異なる

    「慚(ざん)」と「愧(き)」の字は、元々は仏教用語です。

    いずれの字も自分自身の行動や罪を恥じることを意味します。

    「慚」は自分自身に対して、「愧」は他者に対して恥じる点が異なります。

    • 「慚」:(自分自身の行動や罪を)自ら反省し恥じる心
    • 「愧」:(自分自身の行動や罪を)他人に対して恥じる心

    つまり「慚愧」とは、「自分自身と他人に対して、自分の行動や罪を恥じる気持ち」を意味します。

    1-3.一般的には「慚愧の念に堪えない」と使う

    この「慚愧」という言葉は「慚愧の念に堪(た)えない」という表現がよく使用されます。

    謝罪会見や謝罪のコメントなどで、聞いたことがあるのではないでしょうか。

    また「堪える」とは「我慢する、こらえる」という意味があります。

    ですから「慚愧に堪えない」とは、「自分自身と他人に対して、自分の行動や罪を恥じる気持ちを我慢できない」という意味です。

    つまり「自分自身と他人に対して、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ」という意味になります。

    わかりやすく言えば「自分自身も反省しているし、みなさんにも申し訳ないと思っています」という気持ちを表現しています。

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  • 1-4.二度と同じ過ちを繰り返さない誓いの意味も

    「慚愧」には「二度と同じ過ちを繰り返さない」という誓いの意味も含まれます。

    「慚愧」の意味を、「十分に注意していなかったことを恥じて、ネガティブになる」という意味で捉えられがちです。

    そうではなく、恥じた後に次のステップに進む原動力と捉えられます。

    「同じようなことは二度としないぞ」という反省の意味でも使われます。

    2.「慚愧」の使い方と例文

    大きな過ちを犯したり、恥ずべきことをしたときに「慚愧」を使います。

    日常では軽々しく使うことはないので、注意しましょう。

    では、例文を見ていきます。

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  • 2-1.自分の責任を感じて後悔しているとき:慚愧に堪えない

    「慚愧」とは恥ずかしい気持ちのことです。

    恥ずかしく思うのですから、その行為自体に問題や原因があるというニュアンスを含みます。

    そこで使う表現として「慚愧に堪えない」があります。

    これは、すでに終えた行為を後悔して恥ずかしく思うことを言い、以下の例文のように使用します。

    <例文>

    弊社の人間が、このような事件を引き起こしてしまったことは、慚愧に堪えません

    2-2.過ちを深く反省しているとき:慚愧の至り

    責任を感じて後悔しているとともに、過ちを深く反省しているときにも使います。

    「慚愧の念に堪えない」という言葉よりも、更に重く表現しているのが「慚愧の至り」です。

    「至る」とはいくつかの意味がありますが、ここでは「十分にいきわたる」「到来する」という意味が当てはまります。

    なので「慚愧の至り」とは「後悔が行きわたっている状態」を表していますから、過ちを深く反省している時に使う表現です。

    以下の例文のように使用します。

    <例文>

    「もっと管理に目を張っていれば」と慚愧の至りでございます

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  • 2-3.他人に対しては使えない

    「慚愧」は自分自身に後悔の念があり、恥ずかしく思う時に使います。

    そのため、自分と関係のない他人の行為に対して「慚愧」という言葉は使用しません。

    例えば、友人が交通事故にあったとします。

    自分が、その事故の直接・間接的な原因ではない場合は使用しません。

    あくまでも、その行為(今回の例で言えば友人の交通事故)に自分が何らかの原因があった(例えば酒を飲ませたなど)場合に、以下の例文のように使用します。

    <例文>

    ×:友人が交通事故にあった。慚愧の至り

    ◯:友人が交通事故にあったのは、私の軽率な判断が引き起こしたものであり、慚愧の至りです

    続いては、「慚愧」の類語と例文を説明します。

    3.「慚愧」の類語と例文

    「慚愧」には、類語がいくつかあります。

    ここでは、普段使う類語の知識として、知っておいた方が良い3つの言葉を厳選して紹介していきます。

    また、それぞれの類語と「慚愧」との違いもお伝えします。

    1. 後悔(こうかい)
    2. 忸怩(じくじ)
    3. 自責(じせき)

    では、順番に解説していきます。

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  • 類語1.「後悔(こうかい)」

    後悔

    読み:こうかい

    意味:してしまった事について、後から悔やむこと

    「後悔」の意味は、自分のしてしまったことを、あとになって失敗であったとくやむことです。

    「慚愧」と比べると、悔やんだ後の反省の意味は含まれていない点が違います。

    また、深い反省や恥じる感情も「後悔」にはありません。

    悔やんでいる気持ちを表現する意味として、以下のように例文を使います。

    <例文>

    「一夜漬けではなく、余裕を持って昇格試験の勉強をしておけばよかった」と今更後悔している

    類語2.「忸怩(じくじ)」

    忸怩

    読み:じくじ

    意味:自らの言動を深く恥じること

    「忸怩」とは「自らの行動を恥じる」などの否定的な文脈で使用される言葉です。

    そのため、自らの行為を恥じるという意味での「慚愧」にとても近い表現です。

    また「失敗・不祥事・未達成」などの際に使用しますので、「慚愧」と同じようなシーンで使用しても問題ありません。

    以下のように例文を使います。

    <例文>

    このような不始末を起こしてしまい、忸怩たる思いにかられております

    この例文だと「慚愧の至り」や「慚愧の念に堪えない」を入れることは問題ないでしょう。

    類語3.「自責(じせき)」

    自責

    読み:じせき

    意味:自分で自分の過ちをとがめること

    「自責」とは、自分で自分の過ちをとがめること、あるいは自分に責任があると感じることです。

    「自責」を更に一歩追い込んで反省している状態が「慚愧」です。

    そのため、対外的に大きな失態・不祥事を起こした際は「自責」よりも「慚愧」を使ったほうが良いでしょう。

    以下のように例文を使います。

    <例文>

    目標未達成の原因は私にもあり、自責の念を込めて次の目標必達を部下に指示した

    4.「慚愧」の対義語と例文

    「慚愧」の対語には、主に2つあります。

    1. 無慚(むざん)
    2. 無愧(むき)

    「慚愧」のそれぞれの漢字に「無」をつけたものです。

    また、 無慚も無愧も仏教の煩悩の1つと言われています。

    煩悩とは、悩みや迷いのことで、煩悩により健康な心と体を汚すと言われています。

    では、順番に解説していきます。

    対義語1.「無慚(むざん)」

    無慚

    読み:むざん

    意味: 宗教上の決まりを破りながら心に恥じないこと

    「無慚」とは宗教上の決まりを破りながら心に恥じないことを言います。

    「慚愧」とは対象的に、過ちをしたことに対して、恥じる心がない状態のことを言います。

    「慚」の意味は「自らに対して恥じる心」ですから、それがないという意味です。

    日常生活で使う言葉ではありませんが、お釈迦が亡くなる頃の人生について書かれた「涅槃経(ねはんぎょう)」に以下のような文章があります。

    <例文>

    無慚愧は名づけて人(にん)とせず、名づけて畜生とす。
    (過ちを恥じる心がなければ、人と呼ぶことはできない。)

    「参考:WiKiArk 顕浄土真実信文類P275

    対義語2.「無愧(むき)」

    無愧

    読み:むき

    意味:悪事を働いても恥じないこと

    「無愧」とは「悪事を働いても恥じないこと」を言います。

    こちらも慚愧とは対象的に、悪事を働いて恥じる心がない状態です。

    「愧」の意味は「自分自身の行動や罪を、他人に対して恥じる心」のことですから、それがないという意味です。

    「無愧」も日常的に使う言葉ではなく、以下のように仏教用語で「無慚無愧(慚愧の心がないこと、恥知らず)」という言葉で出てきます。

    <例文>

    無慚無愧のこの身にて まことのこころはなけれども〜
    (罪を罪とも思わず、恥じることもなく生きている私に、真実の心などないけれど〜)

    「参考:WiKiArk 正像末和讃P617悲歎述懐

    続いて「慚愧」の英語表現について説明をします。

    5.「慚愧」の英語表現

    「慚愧」は、英語では「unbearable to shame(恥じ入ることを我慢できない)」「feel deeply ashamed(深い恥を感じている)」という表現に置き換えられます。

    1. unbearable to shame
    2. feel deeply ashamed

    英語1.unbearable to shame

    unbearable to shameは、「恥じ入ることを我慢できない」という意味です。

    慚愧の恥じる心を反映している意味ですね。

    例文を見ていきましょう。

    <例文>

    I’m feeling deeply ashamed of myself about serious mistake.
    (私はその重大な過ちについて慙愧の念を持っている。)

    英語2.feel deeply ashamed

    feel deeply ashamedは、「深い恥を感じている」という意味です。

    こちらも、慚愧の深く恥じる心を反映しています。

    例文を見ていきましょう。

    <例文>

    I’m unbearable to shame about an air accident.
    (今回の飛行機事故に対しては、慙愧に堪えません。)

    まとめ

    「慚愧」とは「恥じること」です。

    また、重大な過ちに自らが深く後悔し、反省していることを表現するために使用する言葉です。

    よく使う言葉は「慚愧の念に堪えない」「慚愧の至り」という表現です。

    普段あまり使用することはありませんが、知っていることで、いざという時に役立つ事もあります。

    自分のボキャブラリーの引き出しを多く持つためにも、ぜひ覚えておいてくださいね。

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